京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)18号 判決 1991年11月27日
原告
株式会社福徳銀行
右代表者代表取締役
松本光弘
右訴訟代理人弁護士
植松繁一
被告
京都地方法務局下京出張所登記官
津田圭一
右指定代理人
山本恵三
主文
一 被告が別紙物件目録(三)、(四)記載の建物についてした別紙登記目録(一)ないし(三)記載の登記の各登記処分及び別紙物件目録(三)記載の建物の登記簿の閉鎖処分がいずれも無効であることを確認する。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告(請求の趣旨)
(主位的請求)
主文同旨の判決。
(予備的請求)
(一) 被告が、別紙物件目録(三)及び(四)記載の建物についてなした、別紙登記目録(一)ないし(三)記載の登記の各受理・登記処分、及び別紙物件目録(三)記載の建物の登記簿の閉鎖処分は、これを取り消す。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決。
二 被告
本案前の答弁
1 原告の本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
本案の答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二 当事者の主張
一 原告(請求原因)
1 登記の経緯
(一) 原告は、昭和五三年一月三〇日、訴外渡辺健次との間で、債務者を訴外有限会社ワタナベプリント(以下ワタナベプリントという)、被担保債務を原告とワタナベプリントとの間の証書貸付、手形貸付、手形割引、当座貸越、債務保証、外国為替、その他一切の取引に関して生じた債務及び原告が第三者との取引によって取得したワタナベプリントの振出、裏書、引受、参加引受または保証した手形に関する債務、極度額を二、五〇〇万円とする根抵当権を、当時、同人所有にかかる別紙物件目録(一)記載の建物(以下第一建物という)に設定する契約を締結し、同契約に基づき同年二月一日これを登記した。
(二) 株式会社東洋物産(以下東洋物産という)は、昭和五五年四月五日、第一建物につき、別紙物件目録(二)記載のとおり表示変更登記をし(以下第二建物という)、更に、同日、同建物は構造的に二つの建物に区分されたとして、別紙物件目録三A、Bに記載のとおり建物区分登記をした(以下A建物、B建物という)。
同月八日、B建物については、訴外中村京子(以下中村という)に所有権が移転した旨の登記がなされた。
(三) 東洋物産及び中村は、同月二一日、両建物が再び合体したとして、AB両建物につき、それぞれ区分所有の消滅を原因とする区分建物滅失登記を申請し、被告は、右各申請を受理して、同月二三日、A建物及びB建物についての各滅失登記をし(別紙登記目録(一)及び(三))、A建物及びB建物について登記簿の閉鎖処分をして、新たに同月一七日区分所有の合体を原因とする別紙物件目録(四)記載の建物(以下第四建物という)の表示登記をした(別紙登記目録(二))。
東洋物産は、本件第四建物について、同月二七日、同社を所有者とする所有権保存登記をした(別紙登記目録(二))。
2 しかし、右の滅失登記、表示登記、登記簿の閉鎖処分及び所有権保存登記は、以下の理由により無効である。
(一) AB両建物は、次のとおり、滅失登記の当時、まだ独立性を失っておらず、両建物が合体したものとして区分建物の滅失登記、登記簿の閉鎖処分や新しい表示登記、所有権保存登記がなされても、それらは実体のない無効の登記である。
(1) 建物の独立性、一体性は、社会観念により、建物の物理的構造、取引、利用の客体、機能面などにより決められる。一旦、独立した一個の建物として登記され、取引の対象となった場合は、これによりその独立性が取引社会に認められたのだから、一般取引通念が、最も重要な建物の独立性の基準となる。
(2) 本件建物は、もともと第二建物として一棟の建物であったが、一階工場部分と住居部分の間の引戸の所に簡単な木の桟を釘打ちしたうえ、これに工場入口側からは取り外しの容易な波型トタンを張り、住居側からはこれも取り外しの容易なベニヤ板張りにして区分されたもので、次いでこれらを取り外して合体となったというに過ぎない。また、取り外しの簡単な隔壁を設けたからといって、第二建物は、まだ、これが独立性を失ない、A、B建物に区分されたものとはいえないし、右の隔壁を取り除いても右A、B建物を合体したということもできない。本件第二建物、A建物とB建物、第四建物は、一般取引通念上全く変わらないものである。
(3) 更に、本件は、登記実務上、合体があった場合「区分所有の消滅」を登記原因として旧建物の滅失登記をした上、合体後の建物については「区分所有の合体」を登記原因として、新たに建物の表示登記をすべきとする通達を悪用して、本件第三建物に設定されていた原告の根抵当権を抹消するために合体がされており、社会観念上、建物の独立性、一体性を失なったものとはいえない。
(二) 前記のような登記実務は、合体後の建物の物理的、構造的変化はほとんどないのに、合体前の建物が滅失した場合として取り扱うもので、建物の独立性、一体性を無視した扱いであり、合体前の建物の抵当権等が抹消されてしまう結果が生じる。しかし、建物の合併登記は、所有権以外の権利の登記がある建物についてはできないから(昭和五八年法律五一号による改正前の不動産登記法九三条の四、現行同法九三条の九)、区分所有の滅失についてもこれを準用すべきで、これを無視した本件区分所有の滅失・建物合体の登記の受理・登記処分は、違法であって、重大かつ明白な瑕疵があり無効である。
3 仮に、本件登記の受理・登記処分が無効でないとしても、右の理由により違法な処分であるから、その取消を求める。
4 よって、原告は、被告が、別紙物件目録(三)及び(四)記載の建物についてなした、別紙登記目録(一)ないし(三)記載の登記の各受理・登記処分、及び別紙物件目録(三)記載の建物の登記簿の閉鎖処分について主位的にその無効確認、予備的にその取消を求める。
二 被告(本案前の主張)
1 不動産登記法四九条一号、二号該当性(無効確認及び取消の訴え)
違法な登記申請であっても、いったん受理されて登記が実行された後は、不動産登記法四九条一号又は二号に該当する場合を除き、登記官に対し、その処分の無効確認ないし取消を求めることは許されない。
そして、同法四九条二号にいう事件が登記すべきものに非ざるときとは、主として申請がその趣旨自体において既に法律上許容できないことが明らかな場合をいい、本件のように建物の合体を契機に登記実務にしたがってした各登記が違法であるという事由は同法四九条一号はもちろん、二号にも該当しないから、原告の訴えはいずれも却下されるべきである。
2 法律上の利益(無効確認及び取消の訴え―第四建物の表示登記について)
原告は、別紙物件目録(四)記載の建物についての登記官の表示登記の処分の無効確認ないし取消の判決を得ても、それによって直ちに原告の別紙物件目録(三)AB記載の各建物に対する根抵当権の対抗力が復活するわけではないから、右判決を求めるにつき、法律上の利益はなく(行政事件訴訟法九条、三六条)、原告の本件訴えのうち、表示登記の受理処分の無効確認及び取消を求める部分は不適法である。
3 行政事件訴訟法三六条にいう原告適格(無効確認の訴え)
行政処分の無効確認は、当該処分の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えにより目的を達することができないものに限り、提起することができるところ、原告は、本件各建物の所有名義人に対し、各登記の抹消登記手続を求めることができ、現に原告は同訴訟を提起しているのであるから(京都地方裁判所昭和五七年(ワ)第八五一号事件)、行政事件訴訟法三六条前段後文に照らし、無効確認を求める訴えは不適法である。
4 出訴期間徒過(取消の訴え)
被告は、A、B各建物についての滅失登記及び第四建物についての表示登記をいずれも昭和五五年五月二三日になし、本件訴えの提起は昭和五七年五月二一日であるから、これらの取消の訴えはいずれも行政事件訴訟法一四条三項の出訴期間を徒過し、却下すべきである。
三 原告(本案前の主張に対する認否、反論)
1 認否
被告の本案前の主張をいずれも争う。
2 反論
(一) 行訴法三六条前段後文の該当性について
原告は、民事訴訟の勝訴判決確定により登記申請をしても、登記官が却下処分をすれば、これによって損害を受けるから、本訴の必要性がある。
(二) 出訴期間について
本件訴訟に、行政事件訴訟法一四条三項の出訴期間の制限の適用がない。
(1) 登記官の処分は、一般の行政行為のように処分が原告に通知されるものではなく、また、登記事務は一般の行政事務と異なり国がもっぱら受動的に行なうものであって、他の一般行政行為のように、行政処分の効果をできる限りすみやかに確定する必要がないから適用の必要がない(不動産登記法一五七条の二参照)。
(2) 更に、不動産登記法一五二条以下で規定する審査請求の期間には、何らの制限がなく、同法一五七条の二は行政不服審査法一四条の規定を排除している。したがって、原告は、現在でも、不動産登記法一五二条以下の審査請求をすることができ、この請求に対して三か月経過しても裁決がないとき、また、審査請求に対して裁決があったときは、原告は行政訴訟を提起できる。このように、不動産登記法上の審査請求をした場合には何らの期間制限を受けることなく行政訴訟を提起できるから、審査請求をしていない原告についても、期間制限をすることはできない。
(3) 仮に、行政事件訴訟法一四条三項の適用があるとしても、本件処分は、原告に何らの告知、教示がないから、同条三項但書の適用を受ける。
四 被告(請求原因に対する認否)
(一) 請求原因1(一)のうち、第一の建物について、原告主張の登記がなされていることを認め、その余の事実は知らない。
(二) 同1(二)、(三)記載の事実をすべて認める。
(三) 同2ないし4をすべて争う。
第三 証拠<省略>
理由
第一主位的請求(無効確認の訴え)
一本案前の主張(訴えの利益)の検討
1 行訴法三六条前段後文の該当性について
(一) 被告は、前示本案前の主張二3において、原告が、本件各建物の所有名義人に対し、本件各登記の抹消登記手続訴訟を提起しているのであるから(京都地方裁判所昭和五七年(ワ)第八五一号事件)、無効確認の訴えは行訴法三六条前段後文に該当せず、不適法であると主張するので、以下、これについて検討する。
(二) 行訴法三六条は、処分の無効確認の訴えは、法律上の利益を有する者で、処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限って提起することができ、それ以外の者は現在の法律関係に関する訴えを提起できる旨を規定している。この、現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないとは、処分に基づいて生ずる法律関係に関し、処分の無効を前提とする当事者訴訟または民事訴訟によっては、本来、その処分のために被っている不利益を排除することができないことをいう(最判昭和四五・一一・六民集二四巻一二号一七二一頁)。
(三) 原告が、本件各建物の所有名義人に対する本件各登記の抹消登記手続訴訟で確定した勝訴判決を取得し、これにより登記申請をしたとしても、原告が求めているのはいずれも表示に関する登記処分であり、表示に関する登記処分は、当事者申請主義によらず、登記官の職権で行うものであるから(不動産登記法二五条の二、建物滅失登記につき最判昭和四五・七・一六判例時報六〇五号六四頁)、これを受けた登記官は、改めて職権調査をして、原告の求める登記が相当でないと判断すればこれを却下することができるのであって、所有名義人に対する訴訟のみをもって、登記処分の抹消という目的を達することができるとはいえないことが明らかである。
したがって、被告の主張はこれを採用することができない。
2 不動産登記法四九条一、二号該当性について
(一) 被告は、前示本案前の主張二1において、違法な登記申請でも、いったん受理登記された後は、不動産登記法四九条一号又は二号に該当する場合を除いては、登記官に対し、その処分の無効確認を求めることは許されず、本件のように建物の合体を契機に登記実務に従って行なった各登記の違法は同法四九条一号、二号に該当しないから、原告の訴えは却下すべきであると主張するので、以下、これについて検討する。
(二) 瑕疵ある登記申請であっても、登記官によって受理され、一旦登記が完了した場合は、公の証拠力を生ずるものであるから、申請の形式的瑕疵を理由としてその抹消を許すならば登記を信頼して取引をした第三者の利益を害し、不動産取引の安全が脅かされる。そこで、いったん登記が完了した場合は、たとえそれが登記の有効要件を欠き、後日登記の効力を争う訴訟において抹消されるべきものであっても、それが登記官の形式的審査権限の範囲内であることが明らかな不動産登記法四九条一号、二号に該当する場合を除き、右権限を前提とする異議手続によりその抹消を求めることはできず、したがって、特段の事情がない限り、登記官に対し、その登記処分の無効確認ないし取消を求めることは許されない(不動産登記法旧一四九条ノ二参照、最判昭和三七・三・一六民集一六巻三号五六七頁参照)。
(三) しかしながら、所有権移転登記など双方申請の登記の場合のように、後日、登記義務者に対するその登記の効力を争う訴訟において抹消し得る性質のものと異なり、職権による登記処分として、たとえ相手方に対する登記抹消の勝訴判決を得て、職権発動を促したとしても、登記官において、自らの判断で抹消を否定することができる性質の建物滅失登記、その登記簿閉鎖処分、表示登記、所有権保存登記などは、これらの登記が実体関係と符合しないことを理由として、登記官に対しその違法無効による登記処分の無効確認ないし取消を訴求することができると考える(最判昭和五〇・五・二七金融法務七五七号三八頁参照)。
もっとも、これらの登記後にその登記を前提とした新たな取引関係による登記がなされている場合には、現実にその登記を抹消するには、この無効確認、取消判決の外、その登記名義人の承諾又は承諾に代わる抹消登記等の判決が必要である。
(四) 原告主張の請求原因同1(一)のうち第一建物に原告主張の登記がなされていること、同(二)、同(三)の事実はいずれも当事者間に争いがなく、<書証番号略>、弁論の全趣旨によると、請求原因事実及び次の各事実を認めることができる。
本件各建物の所有者東洋物産(代表者崔徳相)は、昭和五五年四月五日、本件第一建物(工場)から第二建物(工場・居宅)に表示登記を変更したうえ、この一階通路部分に取り外し容易な簡易な波板トタン及びベニヤ板の障壁を設けてA建物(工場)とB建物(居宅)に区分して、右同日区分登記をしたうえ、同月八日、B建物を、東洋物産の代表者の妻中村京子に移転した。
次いで、右隔壁を取り除き、再びA、B建物が合体したとして、同年五月二三日、第四建物の表示、保存登記をした。
このようにして、東洋物産(代表者崔)及びその代表者の妻中村は、根抵当権者である原告の承諾なしに合体による滅失登記によって抵当権設定登記が消滅してしまう当時の登記実務を利用して、前示のとおり第二建物の区分及びA、B両建物の合体を行なった。
したがって、右の簡易な隔壁を設けたからといって、一般社会通念に照らし、未だその独立性を失ったものとはいえず、これを区分し、再び合体する手続をとったとしても、その前後を通じ、第二建物の同一性が変更されたものとはいえない。
(五) そして、本件において、原告が無効確認を求める登記処分は、A建物の建物滅失登記(別紙登記目録(一))、第四建物の表示登記及び所有権保存登記(同(二))、B建物の建物滅失登記(同(三))、及びA、B建物の登記簿の閉鎖処分であるところ(以下、これらの処分を本件各登記処分という)、前認定の(四)の事実に照らすと、これらの登記は、これに基づき右東洋物産、中村の新たな登記関係が生じているので、これらの登記抹消には同人らの承諾ないしこれに代わる抹消登記の確定判決が必要であるが、これは無効確認判決の後に取得して、この両者をもって登記の抹消を実行することができるから、右判決確定前にあらかじめ、右各登記処分の無効確認の訴えを求めることもできる。そして、前認定の事実に照らすと第一建物の抵当権者である原告は本件各登記処分により抵当権を侵害され損害を受けるおそれのある者であって、本件各登記処分の無効確認の訴えの利益があると認められる。
3 第四建物の表示登記について
被告は、第四建物の表示登記について無効確認の利益がないと主張するので、これについて検討する。
原告が本件無効確認の訴えにより回復しようとする権利、利益は、A、B建物の上の根抵当権の対抗力であり、これがA、B建物の滅失登記により対抗力を失ったのであるから、A、B建物の滅失登記の回復が得られることが原告の権利、利益確保のために必要である。なるほど、形式上はA、B建物の表示登記と第四建物の表示登記とは、別個の建物についての表示登記ではあるが、前認定の事実に照らし、その実質は、同一建物に二重に表示登記がなされたのと異ならない。そして、第四建物の表示登記及び所有権移転保存の登記は、A、B建物の滅失登記とは別個の手続でなされたものであるが、右の滅失登記の抹消による第二建物の回復登記と相容れないものであって、これを放置すると、一不動産一登記用紙の原則(不動産登記法一五条)に照らし滅失登記の抹消登記は受理されない。この点からみても、右表示登記及び保存登記自体も原告らの抵当権ないしその対抗力を妨害するものというべきであるから、右表示登記及び保存登記処分の無効確認を求める訴えの利益があるというべきである。
4 まとめ
以上のとおり、原告には本件各登記の無効確認の訴えにつき、原告適格、訴えの利益があるというべきであって、これが存在しないという被告の二1ないし3の本案前の主張はいずれも採用できない。
二本案の検討(A、B建物の建物滅失登記(別紙登記目録(一)、(三))及びA、B建物の登記簿の閉鎖処分の無効の検討)
1 重大な瑕疵の存在
前認定一2(四)の各事実、弁論の全趣旨に照らすと、本件登記は、根抵当権の負担がついたもともと一個の建物について、形式的で簡易な隔壁を設けて建物区分登記の申請をし、その一か月半後に右隔壁を取り除いて二個の建物を合体したとして区分建物滅失登記の申請をし、その結果、登記実務上滅失したと同一に扱われて滅失登記及び既存の登記簿の閉鎖がなされ、従前の根抵当権設定登記の効力がその権利者の承諾なしに消滅したものである。しかし、その実体は区分も合体も行なわれていない実質上の同一建物であることが明白であって、この一連の登記申請は、建物の上の根抵当権設定登記の効力を消滅させることを目的としたものであると認められ、その登記申請は、当時の登記実務を悪用し、原告の権利を侵害する不法なもので、本件各登記処分には各登記要件の根幹に関する内容上の過誤がある(なお、登記実務はその後抵当権者など登記簿上の利害関係人の同意を得ない限り区分、合体登記ができないことになった)。したがって、その登記申請に基づきなされた登記処分には、重大な瑕疵があるといえる。
2 登記処分の無効の検討
行政事件訴訟法一四条三項によると、登記処分が法定の処分要件を欠く場合についても、処分の日から一年以内に取消の訴えを提起すべきものとされるのであって、法定期間を徒過した後においては、もはや当該処分の内容上の過誤を理由としてその効力を争うことはできない。しかし、この一般的原則は、いわば通常予測されるような事態を制度上予定したものであって、法は、例外的に出訴期間の遵守を要求しないで、登記処分を争うことができる場合があり得ることを否定するものではなく、処分の無効確認を求め、無効確認訴訟によりこれを争う途も開かれている(行政事件訴訟法三六条)。もっとも、登記処分について当然無効の場合を認めるには、登記処分の存在を信頼して新たに登記が経由されることがないか、これがあっても、当該登記を求めた者、登記権利者の保護を考慮する必要のないこと、又は、これらの者の承諾又はこれに代わる抹消登記の確定判決を得ることができると認められること、登記処分の内容上の過誤が登記要件の根幹に関するものであり、登記行政の安定と円滑な要請を斟酌してもなお、出訴期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として、抵当権者など右登記処分による不利益を甘受させることが、著しく不当と認められるような例外的事情が必要であって、これのある場合には、登記処分も当然に無効にさせるものと考える(最判昭和四八・四・二六民集二七巻三号六二九頁参照)。
そして、前示のとおり、本件各登記は登記権利者である東洋物産の代表者、その妻が根抵当権者である原告の根抵当権設定登記の効力を不法に消滅させるためにとった手段であって、その区分、合体の要件を欠き各登記要件の根幹に関する瑕疵があり、右東洋物産の代表者及びその妻の保護を考慮する必要がないし、これに対しては後日その承諾又はこれに代わる抹消登記の確定判決を求め得ることが明らかであって、本件全証拠によっても、原告に、右各登記の経由過程について完全に無関係であるとはいえず事後において明示的又は黙示的にこれを容認したとかこれらの登記により何らかの特別の利益を享受していたなど、原告を責めるべき特段の事情を認めることができない。
したがって、登記処分に対する通常の救済手段につき定められた不服申立期間の徒過による不可争的効果を理由として原告に本件各処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合に該当し、前記過誤による瑕疵は、本件各登記処分を、当然に無効にするものといわねばならない。
3 登記受理処分の判断
原告は本件各登記処分につき、登記の受理、登記処分の無効確認を求めているが、これはいわゆる受理処分、登記処分のいずれかの無効確認を求める選択的併合請求の趣旨と解すべきであり、また、登記処分のほか、これと独立した登記受理処分の存在を認める余地がないから、受理処分のみの判断をするを要しない。
第二結論
したがって、その余について判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判断する。
(裁判長裁判官吉川義春 裁判官堀内照美 裁判官岡田治)
別紙物件目録(一)
京都市南区東九条河西町壱五番地・壱六番地上
家屋番号 壱六番
一、木・軽量鉄骨造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺弐階建 工場
床面積 壱階 658.50m2
弐階 342.13m2
物件目録(二)
京都市南区東九条河西町壱五番地・壱六番地上
家屋番号 壱六番
一、木・軽量鉄骨造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺弐階建 工場・居宅
床面積 壱階 658.50m2
弐階 453.70m2
物件目録(三)
一棟の建物の表示
京都市南区東九条河西町壱五番地・壱六番地上
一、木・軽量鉄骨造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺弐階建
床面積 壱階 658.50m2
弐階 453.70m2
(A) 専有部分の建物の表示
家屋番号 河西町壱六番の壱
一、木・軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建 工場
床面積 壱階 587.78m2
弐階 393.34m2
(B) 専有部分の建物の表示
家屋番号 河西町壱六番の弐
一、木造瓦葺弐階建 居宅
床面積 壱階 62.37m2
弐階 52.67m2
物件目録(四)
京都市南区東九条河西町壱六番地・壱五番地上
家屋番号 壱六番の参
一、木・軽量鉄骨造瓦・亜鉛メッキ鋼板葺弐階建 工場
床面積 壱階 658.50m2
弐階 453.70m2
別紙登記目録(一)
一、滅失登記
原因及びその日付 昭和五五年五月壱七日区分所有の消滅
登記の日付 昭和五五年五月弐参日
別紙物件目録(三)(A)の建物
登記目録(二)
一、表示登記
原因及びその日付 昭和五五年五月壱七日区分建物の合体
登記の日付 昭和五五年五月弐参日
別紙物件目録(四)の建物
一、所有権保存登記
京都地方法務局下京出張所昭和五五年五月弐七日
受付第壱〇四〇七号
所有者 株式会社東洋物産
別紙物件目録(四)の建物
登記目録(三)
一、滅失登記
原因及びその日付 昭和五五年五月壱七日区分所有の消滅
登記の日付 昭和五五年五月弐参日
別紙物件目録(三)(B)の建物